福ミスの新たな試みとして、第5回福ミスの第1次選考を通過した27作品(最終選考に残った3作品は除く。)について、選考を担当した編集者による選評を公表します。
第6回の応募に向けて執筆されている方も、ぜひ参考にしてみてください。
◆第5回福ミス第1次選考通過作品選評(最終選考作品3作を除く。)
「孤独者たちのカノン (三澤陽一)」
複数のトリックが楽しめるミステリー。しかし,謎解きに傾くあまり,犯行にいたる動機が薄い点や,ありすぎる物証に対して無力な警察など,現実的でない点などが目立ちました。また,登場人物・空間に広がりをもたせるなど,小説としての魅力も必要かと思います。
「想い川 (結城路人)」
舞台となる横溝作品に出てくるような地方の村が現代的に描かれている点や二十六夜の神事の由来など魅力を感じました。「佳子は自殺ではないのかもしれない」という疑念はもっと早く湧いたほうがよかったのではないでしょうか。
「ゴーストじいさんの殺人推理と孫娘の殺人捜査 (佐藤明)」
ミステリーを書きたい,という熱意は感じられます。ただ,物語を書くために必要な要素をしっかり調べて,実際にはどうなのか,自分の判る範囲で良いのでしっかり調べたうえで,物語を構築した方がよいと思います。警察の捜査は実際,どう捜査するのか,そうしたことを少しでも書き込むことでリアリティが高まります。幽霊というファンタジー的なものを盛りこむならば,なおのことです。
「好きなひとのところへ (栁沼庸介)」
宝捜し物小説としては,面白く出来ていると思います。主人公の日常の描かれ方もよいと感じました。あとは,ミステリーの部分をいかに,構築した物語の中に落とし込むかということをプロットの段階で考えて欲しいです。この賞ではやはり「なぜ」「いかに」「どうして」といったものの想像と回答が必要になります。
「蜃気楼 (中原行夫)」
各地の情景描写から場面ごとの温度や湿度までが感じられるような,上質な文章です。しかしミステリーとしては,登場人物の人となりから展開が予想できる,既視感のあるストーリーになってしまっています。
「偶像の涙 (塩見朝伸)」
多視点で複雑な構造をうまく一つに小説の中に組み込んだ力は評価できます。あとは結社などの組織をあまり「ブラックボックス」として使わないアイデアを考えて欲しいと思います。力はしっかりと感じました。トリックを使うという意気込みもありますので,次回作に期待します。
「ミステリーツアー ~ストロベリーフィールズの殺人鬼~ (深橙牛也)」
ウォラスというゲームの支配者の不気味さや,次々と起こる殺人事件,二つの時間軸の交差など意欲的に盛り込んでいますが,キャラクター造形や一つ一つの事件に既視感があり,途中で真犯人が読めてしまったのが残念でした。
「高天原殺人事件 (堀越博)」
資産家一族殺人事件を歴史の新説にからめて進んでいく展開は読ませるものがありましたが,発端となる現代の事件がありがちなスキャンダルものに終わっており,また女子大生が主役にもかかわらず,台詞回しなどの古臭さが気になりました。
「うつつのタナトス (辻川克実)」
魅力的な設定,読めない展開に最後まで引っ張られましたが,登場人物の設定や進め方にややご都合主義な部分がありました。またスパイスとして使用するならともかく,超能力を最終的なオチとするのは本賞の趣旨にはそぐわないと感じました。
「ヒストリアム (松本英哉)」
実際の神戸市街とヴァーチャル神戸を舞台にした復讐譚。現実とヴァーチャルの差異ならではの仕掛け,密室の成り立ちはよく出来ていると思います。「意外な真相」にも好感。もっと刈り込んでもよかったかもしれないです。
「彼岸の夕べ (谷門展法)」
リーダビリティ高く,安心して楽しく読めました。反面,ストーリーに若干既視感を覚えました。完全なハッピーエンドにしなくてもよかったのではないでしょうか。
「暴風雨 (小早川真彦)」
なにげなく目にしている気象予報の世界の表裏を描いた物語として読めば,その仕組みや人間関係など未知のことがたくさんあって面白いです。ただミステリー部分がややそれに比べて弱かった気がしました。
「誰もカサンドラを信じない (野島夕照)」
「自分は騙されているぞ」と思いつつ読み進めましたが,ラストでの予想外のどんでん返しに唖然とし,感動しました! 読者をミスリードさせる部分にある若干のしつこさを整理すれば,もっと面白くなるはずです。
「kid A misunderstanding(キッド エー ミスアンダースタンディング) (黒木隆志)」
残虐な描写の見事さに目を瞠りました。二つの作品舞台を,さらにそれぞれ多視点で描き切った構成力も評価します。しかし,それが狙いとしてのミスリード以上に読み手を混乱させる複雑さにもなってしまっています。
「室戸岬のメモリアル…… (杉浦由規)」
丁寧で清潔感のある文章とわかりやすい見取り図に激しく好感をもちました。青春小説という部分もあるせいだと思いますが,事件が起こるのがやや遅いかもしれません。すべてを病気のせいにしてしまわないほうが面白さに深みが出ると思います。
「贖罪 (宮川隆)」
ある毒殺事件から過去の大きな事件へ物語が広がり,戦前から終戦後の混乱期をうまくいかした作品に仕上がっていました。物語の運びも事件の深みもよく描けていると思います。うまいが,やや新味には欠けたのではないでしょうか。
「日本のクレオパトラ (三吉不二夫)」
古代史の謎はロマンがあり,ミステリーの題材としてもおもしろく,本作も興味深く読みました。ただ,謎ときの論旨の展開がやや独善的で,テレビ番組の討論会の場を用いたことも作品の雰囲気にあわないと感じました。残念。
「英語の勉強になる殺人事件 (遠野紗希)」
推理の過程で発揮された英語の知識や,生徒たちの瑞々しい会話は,現場の先生ならではのものでおもしろく読みました。ただ,生徒たちの素人探偵捜査を警察が受け入れるという設定に無理があり,評価を下げざるをえなかったです。
「失認のログシステム (瀬田川一葉)」
本格推理,そして探偵といった役どころの在り方を意識した,意欲的な作品となっています。ただし,どうしても「作者」と都合でキャラクターと事件を作ってしまっています。たとえば探偵役にすぐに警察が情報を与えてしまい,縦横無地に捜査にあたれることはありえません。一般的な読者が装丁する事件の在り方,捜査の在り方を前提に据えて執筆をしてもらえれば,飛躍的に伸びると思っています。
「クロノスはまだ落ちていない (紫月悠詩)」
謎の解決ヘ向けての緻密な構成が素晴らしい! ただ,登場人物と舞台装置から作者の思惑が透けて見える,意外性のない物語にも感じられました。トリックとは別の読み筋に,もう一つの謎を加えてもよかったかもしれません。
「死の巣くう家 (浅岡沙織)」
イギリスの曰くつきの屋敷で起こる殺人,霊,家族の確執といった正統派のミステリーに正面から意欲的に取り組んでいるのに感心しました。しかし,トリックの説きあかしが冗長になってしまっていて,驚きにかけたのが残念です。大胆な省略や簡潔さが時として謎解きを洗練させます。
「ある無名俳優の履歴 (口木正次)」
一人の舞台俳優の数奇な運命と三人の女性たちの生き様をからめた謎ときは,読み物としてはおもしろかったです。ただし人生たった二度の奇跡の名演技を状況証拠だけで説明するのでは,ミステリーとしての高評価は難しいです。
「薔薇とコウモリ (青汁宏)」
複雑な事件の構図と大量の殺人劇を精緻にまとめあげた力作です。とはいえ,物語として詰め込みすぎの感は否めません。ラストの戦慄を際立たせるためにこそ,もう少しシンプルな筋立てであるべきと感じました。
「獣たちの夜会 (石丸俊太郎)」
連続放火事件と連続通り魔事件の交差,容疑者の行動と,なぜかそれを支える人物たち。どう物語が転がるのかワクワクさせられました。終盤,全体のスケールが小さくなっていったのが残念です。キャラクタライズや文章力,構成は高いレベルにあると思います。
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